心理療法といってもいろいろあります。
今回は、精神分析について紹介します。
親子関係に目を向けること
「A君は長男らしい、確かにしっかりしている」とか、「Bさんは末っ子ですか、甘え上手ですね」とふだん何気なく口にするとき、私たちは特に考えることなくそこに親子関係を想定しています。
自分の周りを見渡せば、長男に生まれて両親から家を継ぐことを期待されて育った人や、両親から「お兄ちゃんなんだから」と言われて大きくなった人はどこにでもいるので、そういう一般的な親子関係の姿から「長男は、しっかりしてる」という日常会話が生まれてきます。
他にも「親がいつもあんなことを言っていたので、私はこんな風になったんだ」とか「親がああいう人だから、子どもは大変だろう」というようなことを話したりしていませんか。
これも、自分が体験した親子関係や自分が周りで見てきた親子関係という経験から出てきた言葉です。
こうして考えると、私たちは毎日過ごしているなかで、親子関係の話題を口にしていることがわかります。
人間にとって「親子関係」が大事なテーマであるのです。
親子関係と精神分析
カウンセラー(心理臨床家)がどのような考え方(ものの見方)をもって、治療のためにクライエント(相談者)と会うか、カウンセリングの方法論は現在ではさまざまなものがあります。
その内の主要なひとつが精神分析です。
そして、精神分析で、一番大事なこととして目を向けるのが「親子関係」です。
精神を分析するというなんだか怖いイメージがあるかもしれませんが、親子関係に目を向けていますので、私たちの日常に精神分析は近いものです。
精神分析の心理療法
精神分析を理解するのに、例をあげてみます。
思い返せば、幼いころはこういう親子関係だったという人がいるとします。
親は私が甘えたいと思っても、全然甘えさせてくれなかった。
親はかまってくれないので、私はずっとひとりぼっちで寂しかった。
学校のテストが良い点とれて、見てほしいと思って親に見せたのに、親はなにも言ってくれなかった。
学校でイヤなことがあって聞いてほしかったのに、親は興味なさそうで聞いてくれなかった。
この人をAさんとしましょう。
Aさんは、何か困っていることがあってカウンセリングを受けに来たとします。
カウンセリングに来ているとこころが安定するので、Aさんはカウンセラーのことを信頼するようになりました。
すると次第にAさんのなかにこういう気持ちが湧いてきました。
「仕事がうまくできた、先生に報告したい、よくできたと褒めてもらいたい」
「ショックなことがあった、先生に聞いてもらいたい、慰めてほしい」
「ひとりだと寂しい、先生に横にいてほしい」
カウンセラーに甘えたいという気持ちが出ていると言えるかもしれません。
そして、精神分析の方法論に立つカウンセラーが自分の注意やエネルギーを向けるのが、いま「Aさんと自分の間で動いている」まさにAさんの気持ちです。
精神分析のカウンセラーは、Aさんから自分に向けられるこのような気持ちを受けとめながら、自分のこころの中でAさんとAさんの両親との関係を思い描きます。
Aさんが幼いとき、さらにAさんの記憶がないくらい前のAさんとその両親との関係はどんなものだったんだろうと。
Aさんがここまで甘えたいという気持ちを自分に向けるということは、Aさんは自分の記憶がないほどの昔から、両親から抱えてもらえなかった赤ちゃんであり子どもであったかもしれないと想像できます。
幼い時に両親に対して訴えていただろう、恐ろしく寂しく、心細い気持ちを、Aさんはカウンセラーに向けて表現していると感じとれます。
つまり、Aさんが今カウンセラーに向けている気持ちは、Aさんが昔両親に向けていた気持ちであるということになります。
ネガティブな関係性のパターン
Aさんからカウンセラーに向けられる気持ちは、肯定的なものだけではありません。
たとえば、カウンセラーが自分のことをどれだけ大事に思っているのかを、Aさんは無意識のうちに試そうとするかもしれません。
すると、Aさんはこういう気持ちをカウンセラーに投げかけてきます。
「こんなに落ち込んでいるのに、なぜ約束をした日にしか会ってくれないのか」
「連絡をせずに休んだら、私のことを心配してくれるのだろうか」
「私がケガをしたら、先生はどのくらい心配してくれるのか」
Aさんが昔、甘えさせてくれない両親に「どれだけ私のことを大事に思っているのか」を確かめるためにしていたことが、今カウンセラーとの間で再現されていると考えられます。
Aさんは、子どもの頃、自分でも気づかないままに病気になったりケガをよくしていたかもしれません。
それは、Aさんのこころはそこまでして自分が大事に思われているのかを確かめようとしていたということです。
AさんがAさん自身も気づかないままそういう行動を通して両親の愛を確かめようとしていたならば、同じことがカウンセラーとの間で繰り返されていることになります。
Aさんがカウンセラーとの間でもったのと同じ気持ちは、日常の人間関係でも起こり得ます。
特にその気持ちは、恋人や配偶者という自分に近い存在で起こります。
ここで、Aさんが「自分のことをどれだけ大事に思っているのか」を確かめるために配偶者に投げかけたらどうなるでしょう。
Aさんは、配偶者が自分を無視したと感じると、配偶者を罵るかもしれません。
配偶者が自分に目を向けてくれないと。
また、わざとでないですが、病気になったりケガをしたりして、相手が自分のことをどれだけ思ってくれているのかを体を張って確かめようとするかもしれません。
これはAさんのネガティブな関係性のパターンです。
そして、ネガティブな関係性のパターンがひどければひどいほど、恋人や配偶者は愛想をつかしてしまうことになります。
精神分析がめざすこと
Aさんの例は、ひとつのネガティブな関係性のパターンの例です。
親子関係はさまざまなわけですから、他にもさまざまなネガティブな関係性のパターンがあります。
精神分析では、早期の親子関係に起因するその人のもつネガティブな関係性のパターンがすべてのこころの問題の要因であり、そのネガティブな関係性のパターンが修正されれば、さまざまなこころの問題の解決つながると考えられています。
クライエントは精神分析のなかで無意識の内にカウンセラーとの間で、自分のネガティブな関係性のパターンを表現してきます。
カウンセラーとの間で、自分のネガティブな関係性のパターンを生きることによって初めて、クライエントは自分がどのような問題のある関係性のパターンをもっているのかに気づくことができ、よりよい関係性のパターンへと自分自身を変化させていく原動力になります。
フロイトと精神分析
ある一定の時間の間、クライエントが思いついたことを聞くことを、何回も定期的に継続して行うという現在のカウンセリングの形を最初に確立したのはウィーンの精神科医フロイト(Freud,S.)といわれています。
そして、フロイトが精神分析の創始者です。
フロイトは、さまざまなクライエントの精神分析を行って、幼児は親と一体になりたい、融合したいという願望と、同時に親からそれは許されないと厳しく禁止される恐れの感情、という人間としての根本にある体験をしているということを見出しました。
そしてクライエントは、幼児のときの親子関係の葛藤を、自分との精神分析関係のなかに再現するということに気づきました。
このようにしてフロイトは、親子関係から研究を進め、精神分析医とクライエントとの関係に、クライエントの過去の親子関係がうつし出されるという精神分析の理論を築きました。
現在も精神分析は世界的に、心理療法(カウンセリング)の方法論として研究されています。
まとめ
精神分析と聞くと何をされるかわからないイメージがあったかもしれません。
精神分析は、自分のもっているパターンを知る、気づくものです。
そして、現在も有効な考え方として精神分析は用いられています。
もし、興味があれば「フロイト」や「精神分析」について勉強してみると、自分のことがよりわかるかもしれません。
また、カウンセリングを利用する際に、精神分析がどのようなものか知ってもらう参考になれば幸いです。
参考文献
「よくわかる心理臨床」
「現代の精神分析」
「重症パーソナリティ障害ー精神療法的方略」