心理療法はさまざまな方法があります。
分析心理学の心理療法について紹介します。
分析心理学においての「こころ」とは何か
心理分析学では、自分の意思や意識の力が一番重要ではなく、わたしを「動かす」力としてのこころをより重要なものとしてみます。
この意味での「こころ」を、ユング(Jung,C.G.)は無意識という名前で呼んでいます。
「こころ」というと、何かこころという名前をもった何者かが私たちのなかに住んでいるというイメージがあるかもしれません。
分析心理学でいう「こころ」とは、私たちを何かに駆り立てる力やエネルギーのことです。
実体的な「もの」ではなく、私たちを動かしていく「動き」だということです。
この「動き」である「こころ」をカウンセリングの一番大事なものと考えたのがユングなのです。
分析心理学とは、ユングが提唱したこの「こころ」を中心にとらえたカウンセリングのひとつの方法論の名前です。
ユングとこころ
ユングと分析心理学の始まりはどのようなものだったのでしょうか。
「こころ」の現象に関するユングの見方は、当時あまりに先進的であったので正当に評価できる人がいなかったそうです。
そんな中、ユングを本質的に評価したのがフロイトでした。
ユングもフロイトに傾倒し、ユングはフロイトの弟子として、お互いに影響を与え合う関係になりました。
しかし、ユングは心理療法のものの見方の違いからフロイトと袂を分かつことになります。
フロイトにとって、治療において一番大事で中心の視点は、最初から最後まで「親子関係」であり、その親子関係がうつし出される治療者と患者との「関係」であり、人間の凝縮された「関係」において必ず現れてくる「性」のテーマでした。
一方、ユングは「親子関係」も関係の象徴としての性も治療における大事な視点ではあるが、治療を動かすものはそれだけでないだろうと考え主張しました。
これは、「親子関係」や「関係」を最初から最後まで一番大事なものだという理論を作っているフロイトにとっては、受け入れられるものではありませんでした。
ユングにとっては、フロイトとの別れは大事な人を失った体験として非常に大きい出来事でした。
フロイトとの別れを通して、ユングは、人を導いていく「動き」としての「こころ」を心理療法における一番大事なものだと見る自分の立場を確立していきました。
夢とのかかわり
「こころ」を、治療の動かしていく中心的なものとみるユングの立場がはっきり表れているのが、ユングの夢に対するかかわり方です。
夢は、その人の意思の力で見るものではありません。
自分がこういう夢を見たいと思ってもその夢が現れるわけではありません。
人の意思が望もうが望まないが、夢は向こうからやってきて、その人をつかみます。
夢は、人の意思が望んで得られるものではなく、私たちが夢の中へと連れて行かれるのです。
夢とは、私たちをそこへ導いていく「動き」であるので、ユングは夢を「こころ」として自らの心理療法で非常に大事なものとしました。
ひとつ例を上げますと、ある人が蛇にかまれた夢を見たとします。
もし日常で蛇にかまれたとしたら、困ったことではないでしょうか。
または、とても怖かったかもしれませんし気色が悪かったかもしれません。
その人の意識からすれば、そんな夢を望んでおらず、怖くて早く記憶から消したいと思うかもしれません。
これが、意識や意思の立場です。
しかし夢は、この人を蛇にかまれるというところへ運んでいったのです。
この人の意識や意思が望もうが望まないだろうが、夢はこの人を蛇の牙のもとへ「動かしていった」のです。
この蛇は、この人かかわろうとしているのかもしれません。
この人の血に何か違う新たなものをいれようとしているかもしれませんし、どこかに連れていこうとしているかもしれません。
これはひとつの例ですが、夢とは、意識が望む望まないを超えて、私たちの生をその人ならではのところへと動かしていくものです。
分析心理学の心理療法
分析心理学の心理療法はどのようなものかは、形の上では精神分析の心理療法と大きく変わらないと言われています。
基本的に毎週同じ曜日の同じ時間、週に1回50分のカウンセリングを継続していくという形です。
カウンセラーは、クライエントが話すことを通して、クライエントが体感している世界を追体験しながら理解します。
これを、共感といいます。
精神分析との違いは、カウンセラーが自分のエネルギーをどこに一番向けながらクライエントと会っているかの点です。
精神分析でカウンセラーが一番大事だと考えるのは、クライエントの親子関係がうつし出されたカウンセラーとクライエントの「関係」です。
クライエントがカウンセラーに投げかけてくるさまざまなネガティブな関係性のパターンに、カウンセラーは一番の注意を向け、そこに変化を促していきます。
精神分析に対して分析心理学のカウンセラーが一番エネルギーを向けるのは、クライエントはどこに向って駆り立てられているのかという「動き」です。
分析心理学からみると、クライエントにはそこへと運ばれていく必然性があるから、そのような「動き」というエネルギーが生まれているのです。
その「動き」が、たとえ一見問題があるようなものであったとしても、クライエントは「こころ」によってそこへと駆り立てられる必然性があるのです。
その「動き」によってクライエントをそこに向けて生きさせ、その生を通してクライエントを変化させていくのが「こころ」の仕事なのです。
分析心理学のカウンセラーは、「こころ」がクライエントをどこに向けて生きさせようとしているのかに自分の気持ちを向け、「こころ」はクライエントをどのように癒そうとしているのかを追う役割です。
「動き」についていく心理療法
「動き」についての例を上げてみます。
ある人、Aさんとしましょう。
Aさんの日々の生活は、寂しさと心細さに満ちたものです。
ショックなことがあると自分の立っているところが揺れるかのように、不安で仕方なくなります。
そんなときは、誰かに話を聞いてもらわないと落ち着くことができません。
寂しくて、頼りになる人にいつも横にいてほしいと思っています。
そして、うまくいったことがあると、大事な人に一緒にいて喜びたいと願っています。
Aさんは日々の人間関係のなかで、誰が私を支えてくれる人かをいつもしっかり見ていました。
自分を支えてくれた人がいると、Aさんは支えてくれた人を好きになるかもしれません。
自分を支えるために、その相手を必死でつかみ離さないかもしれません。
Aさんは、恋愛へと駆り立てられていきました。
Aさんには、恋愛に運ばれていかないといけない必然性があったのです。
分析心理学のカウンセラーがAさんと会うとすれば、カウンセラーはその恋愛に駆り立てられざるをえない「動き」に自分の気持ちを向けるでしょう。
そして、その「動き」が恋愛の中でAさんをどこに向けて導いていくかを、Aさんと共に追いかけるでしょう。
Aさんは、付き合った相手に、「自分のことをどれだけ大事に思っているのか」を確かめるためにいろんなことを試してくるかもしれません。
相手が自分に関心を向けていないと感じた行動に対して、傷つき、怒りを爆発させるかもしれません。
それは一見、問題行動に見えるかもしれませんが、Aさんにとってはそうせざるをえないのです。
「こころ」がAさんをその「動き」へと運び込んでいるのです。
客観的に見てやめたほうがいいと思われるようなことであっても、その人にはそこに駆り立てられざるをえない必然性があるはずなのです。
その人の「こころ」は、その人をそこへと運んでいくことで、その人に何を伝えようとしているのか、その人に何を与えようとしているのか、その人をどう変容させようとしているのか、その人にどう癒しを与えようとしているのか、クライエントが必死でやろうとしていることについて考えていくのが、分析心理学の心理療法です。
まとめ
分析心理学について紹介しました。
精神分析と変わらないところもありますが、精神分析は「親子関係」を重視していて、分析心理学は「こころ」と「動き」を重視しています。
やめたほうがいいことでも、そうせざるをえない理由があります。
その「こころ」の「動き」をクライエントだけでなく、カウンセラーも一緒になって考えていくのが、分析心理学の心理療法です。
参考文献
「よくわかる心理臨床」
「ユングー魂の現実性」